
生年月日別に割り当てられる九星のほか、陰陽五行思想や十干十二支といった要素を元に、個人の性格や相性、運気や運勢、吉凶方位を導き出す占術として知られる九星気学。
九星気学という占術そのものは、中国の五行説や九宮(洛書)などを基礎にしていることは、過去記事「▼同じ九星でも意味合いは全く別?奇門遁甲の九星と気学の九星の違い」でもご紹介しているとおりですが、日本での普及においては、園田真次郎という東洋運命学者によって、独自のアレンジを加えたうえで運勢学や方位学として体系化されました。
園田真次郎の詳細については、「▼九星気学は江戸時代にできた?九星気学の知られざる歴史」にて詳しく取り上げていますので、こちらの記事を参考にしていただければと思いますが、
など、冷静に考えると不思議なことが多いというのが実情。
もちろん、タロット占いにおけるタロットカードなども「なぜその絵柄なの?」「大アルカナの人物はどのようにして決まったの?」といった疑問が生じる部分ではありますが、九星気学においても細かな部分まで深掘りしてみると、
意外と説明がつかない部分が多く存在する
ことが見て取れます。
ただし、上述のとおり九星気学は古代中国の洛書九星に準じているため、九星の割り当てやそれに属する五行属性、時間軸を示す十干十二支などは、占術の最高峰とされる太乙神数(たいいつしんすう)や奇門遁甲(きもんとんこう)、六壬神課(りくじんしんか)などでも取り入れられているため、その概念自体は紀元前から存在する思想ではあります。
しかし、九星気学として発展させた園田真次郎は、
どのようにして性格や運勢、吉凶方位を定義したのか?
という点については、実はあまりよく分かっていない部分も多いのです。
例えば、一白水星を例にしても、五行思想の「水」属性は理解できる部分で、方位が北というのも九星の循環の始まりという点では、まぁ理解できる部分ではあります。一方で一白水星の象意である
冷静・理性・繊細といった特徴はどこから来たの?
という点については、正味のところあまりよく分かっていない部分ではあり、当然園田真次郎個人の創作や経験則といった主観ではなく、古代中国の五行思想の伝統的象意ではあるものの、その出どころは諸説あるというのが現代の一般的な見解です。
元々は、古代中国の「春秋繁露(しゅんじゅうはんろ)」「淮南子(えなんし)」といった古典を園田真次郎が翻訳したという見方もありますが、五行の対応表(「水」が理性や知性の象意であるということ)は、特性として春秋繁露で定義されており、これらの文献と中国思想を元に
人間心理学的に分かりやすい言葉に置き換えたのが象意
というのが有力な説として一般的です。
今回の記事では、そんな九星気学の起源ともなる園田真次郎の思想と、体系化までのプロセス、そして現代における九星気学の方位占いの「なぜ?なに?」について詳しくご紹介。
園田真次郎はどのようにして古典を参照したのか、どのような数式で吉凶方位を判断したのか?など、様々な疑問・質問について詳しく取り上げていきます。
九星気学のような難解占術については、言われるがまま当たり前のように性格や象意を参考にしてしまいがちですが、やはりその象意判断の根拠はなに?算定基準はなに?吉凶方位の算出基準は?などという点については非常に気になるところ。
そんな皆さんが一番知りたい部分かもしれない、基本性格や方位の割り出し方について詳しくご紹介していきます。

そもそも、一白水星や二黒土星の基本的な性格傾向などは、どのようにして決まったのか?という点からみていきましょう。
九星には、それぞれ基本的な性格傾向が定義されており、例えば一白水星であれば知的で冷静沈着、二黒土星であれば温厚で堅実といったように、基本的には陰陽五行の属性に基づいた園田真次郎の創意によって決定されたと考えられています。
そもそも五行思想は、「すべての存在は五行で説明できる」とした思想なので、
その思想を人の性格の原型として定義した
のが前提にあったと言われています。
九星における後天定位盤などの配置は、前段でもご紹介したとおり古代中国の古典「洛書」から来ていますが、この洛書によると、3×3のマスに分割された九宮には各固有の季節や性質があり、
その季節が持つ性質を人格の象徴として流用した
のも園田真次郎の創意です。
例えば冬(一白水星)であれば忍耐、春(三碧木星)であれば始動、といった具合に季節が持つ自然のイメージを人間の性格に当てはめたことで、徐々に各星の基本的な性格傾向が確立していきました。
もちろんこれだけではなく、坎宮(一白水星)や坤宮(二黒土星)といった八卦の要素も、性格傾向を決定づける要因として盛り込まれ、
五行・九宮・八卦の3要素を組み合わせ
で、それぞれの基本的な性格傾向が定義されることになったのです。
続いては、象意がどのようにして定義されたのか?という点も見ていきましょう。
この「象意」というのが一番理解しにくいかもしれませんが、九星気学における各星の象意においては、東洋哲学の体系的なプロセスを経て定義されたもので、根底にあるのはやはり五行思想にあります。
上記でもご紹介したように、陰陽五行には季節や性格傾向が定義されており、
この思想に八卦の概念をプラス
して象意が導き出されたとされています。
九星気学における八卦については、「▼傾斜法」で用いられる傾斜がポピュラーではあり、八卦の概念としては「乾・兌・離・振・巽・坎・艮・坤」の八つのエネルギーが天地自然の動きを象徴しています。九星気学では、そこに中宮を加えて九つのエネルギーとして定義して、各九星と紐づけたというのも園田の創意なのです。
ここまでの作業で、大方基本的な性格傾向が形成されていくわけですが、
当然のことながらこうした定義に科学的な根拠はなく
あくまで園田真次郎の創意であることを理解する必要があります。
また、園田真次郎の創意と定義の傾向を知ることで、現代においても象意となりうる事象を紐づけることができ、自然現象の象徴を人間の心理や行動パターンに置き換えることができます。
園田真次郎の定義の傾向
といった点も特徴として挙げられます。
このようにして九星気学の基本的な性格傾向や象意が形成されていったわけですね。
繰り返しとなりますが、科学的根拠はないため例外的な性格を持った人ももちろんいますし、すべてが当てはまるわけではありませんが、長きに渡る観察とアップデートによって、その精度は相当に高められているということは、占術そのものの信ぴょう性の高さにも繋がっていると考えて良いでしょう。

最後に取り上げるのが方位占術の定義です。
九星気学においては、吉凶方位を診断する占いとして幅広く活用されており、無料占いPicoraでも、方位に関する記事を数多く更新してきました。
※▼吉凶方位に関する記事一覧
ただし、冷静に吉凶方位の定義を考えると
という疑問が生じてもおかしくありません。
もっと嚙み砕いて言えば、
といった点もまた、実ははっきりしているようで抽象的ではあります。
九星気学は日本版にアレンジされた占術ではありますが、結論から言うと、五黄殺や暗剣殺などの方殺は園田真次郎の創意ではありませんし、神殺もまた誰かが作ったわけではなく、
陰陽五行や九宮思想から自然に生まれたもの
で、長い月日を経て体系化されて民間信仰として定着してきたと考えられています。
なお、神殺という言葉自体は中国の命理学(四柱推命や紫微斗数など)で使われる言葉で「天の気がある方位」という位置づけのようです。
日本版にアレンジされた九星気学にも太歳や歳破といった方位神の概念は持ち込まれており、江戸時代中期の文献『寛政暦』には、太歳神や金神、暗剣殺や五黄殺などの方位神表が掲載されているそうです。
※神殺・方殺の詳細については
▼神殺?方殺?~九星気学における吉凶方位神の種類と特徴
をご参照ください。
九星気学における吉方位・凶方位の定義においては、基本的に
陰陽五行・十干十二支・暦を組み合わせた経験則
であり、例えば吉方位の代表格である「天道」は、陰陽道の吉神方位の流用で日本独自で体系化された概念です。
つまり、古代中国の占術をベースとはしていますが、方位占いにおいてはあくまで日本オリジナルの概念となりますので、あまり中国由来を意識する必要はなく、吉凶方位は日本の暦に基づいていると考えても良いかもしれません。
これらのように、九星気学の構成要素である九星はもちろんのこと、九星の象意から吉凶方位の判断まで、五行思想を基準に
時間と空間の気の流れとエネルギーの強弱を定義した占術
であることがお分かりいただけたかと思います。
日本に九星気学を定着させた園田真次郎の体系化は、象意などにおいて一部創作や経験則といった部分もあるようですが、基本的には中国古来の暦法や陰陽道などを踏襲しており、また吉凶方位診断など一部の思想は、長い月日のなかで自然に定着していった概念でもあります。
そういう意味では九星気学もまた、長い月日を経て発達した自然哲学のひとつと言っても過言ではなく、これからもその思想は後世に引き継がれていくものと思われます。