
九星気学ほか、さまざまな東洋占星術の思想に取り入れられている「五行思想」。
五行思想の基礎的な捉え方については、過去記事「▼九星気学の占い方・調べ方【基礎編4:五行思想について】」で詳しくご紹介しておりますので、ここでの詳細説明は割愛しますが、五行思想という哲学の原点は
宇宙に存在するあらゆるものは5つの性質で説明される
というもので、この5つの性質が「木・火・土・金・水」のエレメントであり、九星気学を語るうえで欠かせない占術要素のひとつです。
各エレメントについても、▼五行説に関する記事で多数取り上げておりますので、そちらも参照していただければと思いますが、五行思想の原点とも言える「宇宙の存在」・・・
五行説が成立したのが春秋戦国時代の後半、つまり紀元前5世紀から3世紀ごろの話となりますので、
その時代でどのようにして宇宙法則を見いだしたのか?
という点が非常に気がかりでもあります。
もちろん、現代においては天体望遠鏡はもちろんのこと、人工衛星などで惑星の位置や循環の法則などを見いだすことは容易でありますが、中国の戦国時代になぜ宇宙法則を見いだすことができたのか?
さらには「宇宙に存在するあらゆるものは5つの性質(エネルギー)で説明できるという結論を見いだせたのかは、実はあまりよく分かっていない部分もあるのです。結論から言うと
実はその時代から天体観測をしていた
ということで、宇宙との親和性は高かったと考えられますが、用途としては現代の天文学のような学術的な観点ではなく、国を運営するために必要な実務レベルでの観測として天体と星の位置などを活用していたのです。
つまり、天体観測は五行思想のような思想で用いられる側面と、暦(こよみ)を知るうえでの科学的な用途の両側面を持っていたと考えられており、五行思想は占いというイメージが強いのですが、実際には
観測データの意味づけと統計モデル
という側面が強かったのです。
たしかに「思想」というくらいなので、何か宗教的な意味合いであったり、思考や世界観といった抽象的な法則のようなイメージこそありますが、五行思想では「宇宙や自然、人間は同じ原理・周期で動いている」という宇宙法則を前提とした、世界の循環ルールを示したものであり、天文学とは異なりますが、一定のデータに基づいていることから完全に「思想」かと言うと、そういう訳でもなかったのです。
今回の記事では、九星気学や四柱推命といった五行思想の元に成り立つ占術をより深く理解するために、その土台となっている五行思想を違った切り口で深掘りしていきます。「五行思想=5つのエレメント=性格・性質」と捉えている方も多いかもしれませんが、
エレメントは性格分類のために作られた理論ではない
ということを改めて知るうえでも、五行思想をより深く理解する必要があります。
中国の春秋時代になぜ宇宙の法則や天体巡行が定義できたか?
それには戦国時代の思想家「鄒衍(すうえん)」の功績が非常に大きかったとされておりますので、次の章から具体的にそのプロセスを見ていきましょう。

「五行思想って誰が最初に定義した思想なの?」
とお考えになられたことは一度はあるかもしれませんが、五行思想は特定の誰かが定義したわけでなく、数百年以上の時を経て、経験則が積み重なって生まれた思想と言われています。
ただし、それを体系化して五行思想として完成させた中心的人物が、前段でお伝えした中国の思想家「鄒衍(すうえん)」です。鄒衍は、
陰陽説と五行思想を「陰陽五行説」として融合させた人物
でもあり、それまでは二面性しかない陰陽説の思想が中心であったのに対して、主に農家が重要視していた「成長や成熟という時間的プロセス」が加味された五行説を融合させることで、足りない部分を補うことができました。九星気学における「▼各星の基礎知識」でも取り上げているように、五行の一年サイクルは以下のように定義され
この概念が他の占星術と大きく異なる部分で、エレメントが5つある背景でもあります。言うなれば、
現代社会に置き換えても
といった具合に、必ず「反省・振り返り・調整」のタイミングが必要で、その工程を飛ばしたり、軽く扱ったりするとビジネスが上手く行かなくなるというのは定番中の定番です。現代においては、PDCAサイクルという言葉がよく使われますが
実はPDCAは五行思想を現代社会用に切り出したもの
で、PDCAは目標達成がゴール、五行思想は循環することがゴールと、ゴールの考え方こそ違いますが、その原点が五行思想にあると聞くと少々「胸アツ」な部分も感じられます。
このように考えると、五行思想自体が「自然現象の循環を通じた宇宙法則の解釈を占術として体系化」という部分も何となく理解できるところではありますが、五行思想における宇宙の法則を分かりやすく噛み砕くと
天体の運行がいつもと異なると地上にも歪みが出る
ということであり、例えばこの季節のこの時期の天体は、この星座が東の空にあるけど、その星が例年通り動いているか、逆行していないか、長く留まりすぎていないかを見て、異常事態があれば人間を含めた地上にも何らかの変化が起こる、と解釈したのです。前段で「観測データの意味づけと統計モデル」と称したのはこのためで、天体が
統計に反した動きは警戒アラーム
という活用のされ方をしていたのです。
五行思想という崇高な思想が、随分と現実的なツールに見えてきましたが、当然紀元前の戦国時代にはそうしたツールに頼らざるをえなかったので、何百年もデータが蓄積されたなかでの統計的な部分は、相当に信憑性も高かったと言えるかもしれません。

西洋占星術では、主に惑星の位置を重視して太陽との位置関係であったり、その位置関係に応じた相互関係を紐解く傾向にありますが、五行思想において何より重視していたのは、
その星の位置ではなく「循環と異常発生」
であり、それによる地上での歪みが発生する可能性を推し量っていた点は、まさに脱帽物と言っても過言ではありません。星の位置と巡行の観測において、
五行思想では特に木星の巡行が重視されており
木星の公転周期が約12年であることや、十二支や方位とも関連付けられるため、古代中国では、
黄道を28分割した二十八宿(にじゅうはっしゅく)という座標
を用いて、木星の位置を把握していたと言われています。ちなみに木星は、金星の次に明るい惑星のため、夜間照明のない時代では肉眼でも十分見えたそうです。
ちなみに、黄道を12で分割したのがホロスコープの12星座、28で分割したものが二十八宿座標ということになりますが。これだけで見ても紀元前からそんな高度な観測を行い、かつ何百年もデータを蓄積していたのか?という点は特筆すべきで、かつそれを思想として何世代も継続してきたことを踏まえると、相当に信憑性も高かったことがうかがえます。
おさらい的な内容となりますが、五行思想は未来予想ツールの土台ではなく、天体の巡行から判断して、
近い将来起こりうる異変に備えて準備する手がかり
にしていたのが実務レベルの話であり、異変があれば行動を修正し、何かが起こる前に準備するための警戒システムだった訳です。では、それがどうして
九星気学や四柱推命といった占星術に取り入れられるようになったか?
と言えば、それまでの五行思想は国家レベルでの吉凶を推し量る警戒システムだったものが、時代と共に徐々に民間に下りてきたことで個人単位の吉凶判断に使われ始めるようになったのが、占術としての五行思想の始まりなのです。
これまでの用途が、国の存続にかかわる運用のためのツールでしたが、それが個人用途になったことで
警戒システムが当たる・当たらないに変化してきた
というのが実情で、五行思想自体が変化したわけではなく、個人が求めるものが変遷したというのが時代の変化なのです。
五行思想は応用範囲が広く、さまざまな場所で用いることができます。よって、現代占術においても五行思想ベースの占いは、信憑性も高く、多方面で用いられているのはこうした背景もあったからなのです。
国が用いていた警戒システムが個人でも使えるようになりました!
これだけでも相当なパワーワードではありますが、五行思想が単に占術的な思想ではないという点と、現代社会においても十分活用できる概念であるということを頭の片隅に置いておくと良いでしょう。