
五行思想においては、これまで九星気学コラムの中でも数多く取り扱ってきたテーマではあり、その属性の象意や五行思想における相生・相剋の関係など、様々なアプローチでその基本思想や疑問点などを解き明かしてきました。(▼五行思想に関する記事一覧)
五行思想の根底の理論としては、
万物は互いに影響しあって循環する
という思想が根底にあり、宇宙のあらゆる現象を説明する自然哲学となるため、人間もまたひとつのピースに過ぎないのです。五行思想が、紀元前5〜前4世紀頃に誕生したと言われていますので、
その時代からこんな世界観を持っていたの?
と、驚きを隠せないのも実情ですが、この五行の属性である「木・火・土・金・水」については、日本の曜日もこの五行に月と太陽を加えた「七曜」を採用しているため、五行思想自体に違和感を覚えることはないかもしれません。
ただ、ひとつ気になる点としては、五行思想が自然哲学であり、木や火、土や水というのは自然界の現象や物質を象徴化したものなので何ら問題ありませんが、五行属性のひとつ「金」においては、巷の相生・相剋の説明を見たりしても
金は木を切り倒す(金剋木)
とか
火が金を溶かす(火剋金)
といった具合に、金=鉄という解説が散見されます。
五行思想における自然哲学のなかで、水や木、火や土は何ら違和感はありませんが、「金=鉄」という点においては違和感を覚える人も多いはず。この「金」属性だけ人工物であり、そもそも五行説が誕生した
紀元前5〜前4世紀頃に鉄や製鉄技術が存在していたのか?
という点についても明らかではありません。
今回の記事では、そんな五行説における属性のひとつ「金」にスポットを当て、本当に金が鉄のことを指していたのか?なぜ自然摂理のなかで鉄をピックアップすることになったのか?など、陰陽五行のちょっとした謎について取り上げていきます。
なお、相生・相剋の関係性においては、過去記事「▼人間関係の悩みは五行相剋を知ること~九星気学の相性概念」でも詳しく取り上げていますが、「金は木を切り倒す(金剋木)」という相剋の説明においては、
「金=鉄=斧」などの拡大解釈も多く見られます
ので、その解釈の正当性なども詳しく掘り下げて見ていきます。
五行属性のなかでもちょっと浮いた存在でもある「金」について、新たな発見があるかもしれません。

前段のとおり、陰陽五行思想の属性のひとつである「金」。
金はもっぱら「鉄」を示しているというのが共通認識ではありますが、まずはその時代背景から見ていくことにしましょう。
五行思想が生まれた紀元前5〜前4世紀頃は、まだ青銅器の使用が一般的であり、
鉄器は普及には至っていませんでした。
つまり、金剋木のように鉄で木を切るという概念すらなく、木材の伐採技術なども当然なかったようです。ただ、春秋戦国時代から鉄製の武器などが徐々に浸透してきておりますので、鉄器は初期段階、五行属性の「金」を「鉄」と解釈する(ましてや「斧」のような道具が出始めるのはもっと先の話)のは少々無理があるようです。
では、この時代の「金」は何を指していたの?
というのが課題として浮かび上がりますが、諸説こそあるものの、ここで言う「金」は硬い物の象徴に過ぎず、
硬いものが柔らかいものを制する
という象徴として「金」が採用されたという見方です。
ちなみに金は硬さの象徴であり、意志の固さや堅実さ、その他安定などの象徴に結び付きやすいのですが、実際にこの時代の「金」に該当するものは鉱石・鉱物である一方、五行属性においては必ずしも物理的な金属だけを指すものではなかったようです。実際にその時代に鉄で斧が作られていたかもしれませんが、
鉄や製鉄の有無は関係がなく比喩的表現
に過ぎませんので、実際に「鉄(金)で木を切る」などという行動はあくまで比喩あり、その時代が青銅器であったとしても、鉄器であったとして、鉱物であったとしても、それ自体はあまり関係がなく、あくまで循環の理を説いているだけなのです。
そう言ってしまうと元も子もないかもしれませんが、そういう意味では、他の五行の相生剋においても
なども、実際には比喩表現だったりしますが、現実的に皆さんの頭のなかに具体的なイメージが沸くのがこれら属性で、一方の「金」だけがイメージが沸きにくいというのが実情。その時代における硬さの象徴が「金」に該当するわけで、その時代の文献を見る限りでは
武器や農具、青銅硬質や他の金属も「金」に含まれた
とのことです。
なお、五行思想に関する主要文献は、
などが世界的にも有名で、易経においては過去記事「▼易経って知ってる?・九星気学と陰陽五行と易経の深い絆」でもご紹介しておりますが、管子(かんし)や淮南子(えなんじ)の文献内には、
金は「堅くて切れる金属」
として扱われており、鉄や斧といった固有のものに限定するのではなく、鉄を含めた金属や、硬くて形を整える力のあるもの全般(武器や鎧も含まれていた)を指していたようです。つまり、金は鉄も含めた硬い物の比喩だったということが、過去の文献から明らかになっているのです。

五行属性のひとつ「金」の生い立ちが見えてきたところですが、金の象徴においては時代と共に変化が激しく、青銅器であったり、鉄器であったり、はたまた紀元前4〜3世紀ごろの時代、前述の「管子」の文献においては、国家運営を五行思想に応用しており
という象徴に割り当てて活用したとの記載もあります。
五行属性においては、時代時代でその象徴も変化しており、前段の「鉄は木を切る(金剋木)」などは、実際には木の属性を持つ人に対して、プレッシャーを与えたり、木の属性を持つ人の能力が抑制されてしまったりと、
実際に木を切り倒す訳ではない
という点では、あくまで比喩表現の延長に過ぎないわけです。
つまり、「金」や「木」はあくまで象徴でありますので、その物質自体にさほど意味はなく、五行思想が生まれた紀元前5〜前4世紀頃における生活の主体は青銅器でしたが、その頃を境に鉄器文化へ移り変わってきたこと自体も、五行属性の思想とはあまり関係がなかったのかもしれません。
ちなみに、この時代における五行の象徴について、「金」は鉱物や鉄といった硬いものでしたが、現代における「木・土・火・金・水」の各属性の象徴は、どのようなものが当てはまるでしょうか。先述のとおり
これらの象徴は時代と共に変化するため
現代社会においても、「木・土・火・金・水」の各属性の象徴となる対象物があるわけですが、例えばこんな象徴が考えられます
あくまで例えとなりますので、各属性の相生・相剋、死気・殺気などが成立するかは抜きにして、このように時代に即した五行属性を考慮することもまた、自然哲学である五行思想をリスペクトすることになるかもしれません。
現代社会においては、木や水はもちろん存在しますが、五行思想が誕生した時代とは様変わりしてしまっており、「金」のような人工物しかない世界と言っても過言ではありません。果たしてそんな現代においても五行説が成立するのか?
万物は互いに影響しあって循環する
という理論が現代社会にも通用するのかをしっかりと見極める必要があるのかもしれません。